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ドイツ工作連盟(Werkbund)とは|バウハウスが生まれた土壌
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ドイツ工作連盟(Werkbund)とは|バウハウスが生まれた土壌

「デザインとは何か」を問われたとき、多くの人は色や形を思い浮かべることと思います。しかしドイツのデザイン史を辿ると、その問いに対して一つの明確な答えが見えてきます。デザインとは、目的と素材と製造工程の三位一体によって生まれるものだ、という答えです。
その思想の土台を作った組織が、1907年にミュンヘンで設立されたドイツ工作連盟(Deutscher Werkbund)です。バウハウスより12年早く、ZACKが生まれるより半世紀以上前の話です。

ドイツ工作連盟(Deutscher Werkbund)は、1907年にミュンヘンで設立された、芸術家・建築家・工業家によるデザイン改革組織です。工業製品に美と品質を取り戻すことを目指し、のちのバウハウスや近代デザイン思想に大きな影響を与えました。


工業化がドイツにもたらした「恥」の思い

19世紀後半、ドイツは急速な工業化の波に乗り、安価な大量生産品を世界市場に送り出していました。ところが1876年のフィラデルフィア万博でドイツ製品の品質は批判を浴び、その後1887年の英国法による原産国表示の文脈で、"Made in Germany" は当初、警戒や区別のための表示として、粗悪品のように扱われました。
この屈辱がドイツのものづくりを大きく変えました。政府と産業界と芸術家たちが連携し、「工業製品にも美と質を」という機運が高まります。その結晶が、ドイツ工作連盟の設立でした。


ムテジウスが持ち帰ったもの

ドイツ工作連盟の設立に最も大きな役割を果たした人物が、ヘルマン・ムテジウスです。建築家であり官僚でもあった彼は、1896年から1903年までロンドンのドイツ大使館に赴任し、イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動を徹底的に研究しました。
アーツ・アンド・クラフツ運動が提唱したのは、「手仕事の誠実さ」でした。ウィリアム・モリスらは大量生産による粗悪品に反発し、職人による丁寧な手工芸を復権させようとしていました。しかしムテジウスは、この思想をそのまま輸入するのではなく、ドイツ流に読み替えました。
手仕事か機械かではない。目的に忠実であることが、品質を生む——彼はそう結論づけたのです。


1907年、連盟の設立

1907年10月5日、ムテジウスの主導で初代会長をテオドール・フィッシャーとしてミュンヘンでドイツ工作連盟が正式に発足します。初期メンバーには、12名の建築家・デザイナー・工業家・政治家が混在していました。芸術家だけの組合でも、経済団体でもない——製造と美意識を結びつける、新しい形の組織でした。
連盟の目的は明確でした。ドイツの工業製品の質を高め、国際競争力を持たせること。そのために、芸術家と産業界が協力してものづくりに取り組む体制を作ることです。
連盟に参加した著名人の中に、建築家のペーター・ベーレンスがいました。彼はAEG(ドイツ総合電気会社)の「アート・ディレクター」に就任し、製品・ポスター・工場建築にいたるまで統一したビジュアル言語を設計しました。これは世界でも非常に先駆的な「コーポレート・アイデンティティ」の実践事例でした。


「規格化」をめぐる大論争

1914年のケルン展は、ドイツ工作連盟の転換点となりました。この展覧会の直前、連盟内部で激しい論争が勃発します。「タイペンシュトライト(Typenstreit)」と呼ばれる規格化論争です。
一方はムテジウスを中心とする「規格化派」。工業製品には標準的な形(タイプ)が必要であり、それが品質と効率を両立させると主張しました。もう一方はベルギー出身の建築家ヘンリー・ヴァン・デ・ヴェルデらを中心とする「個性派」。芸術家の個人的な創造性を規格化で縛るべきではないと反発しました。
この論争は、20世紀のデザイン史に通底する根本的な問いを孕んでいます。標準化と個性、工業生産と芸術性——どちらを優先するのか。答えは単純ではありませんでしたが、歴史の流れはムテジウスの方向に傾いていきます。


バウハウスへ、そしてZACKへ

第一次世界大戦によって連盟の活動は一時停滞しますが、その思想は生き続けました。1919年にヴァルター・グロピウスがバウハウスを設立したとき、彼はドイツ工作連盟の精神的後継者として出発しています。グロピウス自身も連盟のメンバーでした。
バウハウスがさらに発展させ、ウルム造形大学が継承し、ブラウン社のディーター・ラムスが実践した「機能と美の一致」——その連鎖の最初の一環が、ドイツ工作連盟です。
ZACKは、工作連盟そのものの直接の後継組織ではありません。しかし、装飾よりも用途を重んじ、素材と製造の合理性から美しさを導くという姿勢において、その思想の延長線上にあるブランドだと私たちは考えています。装飾を足すのではなく、必要なものを正確に作る。それがドイツデザインの根幹であり、ZACKが守り続けている姿勢です。
19世紀ドイツ工業化と「粗悪品」の烙印——Made in Germanyの逆転劇について解説します。

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